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特集「自分の責任で自由に遊ぶ」手作りの遊び場ウッズのおやぶんが語る開森からの歩み (1)

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神奈川県綾瀬市

NPO法人ドリームプレイウッズ
理事長
澁谷 敏夫さん

遊ぶどころか、中に入るのもままならない。
ただの竹藪だったところから森を開き、子どもたちの自由な発想のままに遊具を増やし、いつの間にか1日100人もの子どもたちが集まる場所になっていました。
その歩みを22年間見守り続け、子どもやスタッフから“おやぶん”と慕われる澁谷敏夫さん(78)に伺いました。

○子どもを外で見かけなくなった
1990年ごろから、子どもを外で見かけなくなりました。地域の分化が進んだことで、外で自由に遊びにくくなり、また塾や習い事でみんな忙しくしていたのです。さらに、それ以外の時間はテレビゲームで家の中に閉じこもることが多くなっていました。子どもたちの実体験の乏しさを憂うる声がそこ此処で聞こえはじめ、それなら自由に遊べる場所を探して子どもたちに開放してみたら良いのではないかと考えました。
1998年、文部省中央教育審議会の「幼児期からの心の教育のあり方について」の答申で、子どもたちが自由に冒険できる遊び場作りの必要性が提言されました。そのことにも拍車を掛けられ、良い場所はないかと探し回っているときに「空いている元屋敷(の土地)をお使いなさい」という人が現れ早速現地調査。少しだが水が湧く場所があり、崖があり、竹林がある。「よし、此処にしよう」と、私を含めボランティア5人と役所の方2人で、2001年9月に検討委員会を発足。何度かの話し合いの結果、極力遊び方の規制はしない、従ってケガは自己責任、工作物は少なめに、木登り・竹登り・崖すべり・つるぶら下がり大いに結構、湧き水の出ているところは泥沼状態、その中に入ってよし。野草あり、野鳥も来る。それらの観察もまたよし。最後の話として『自由であることは自ら責任を持つことである』となりました。翌3月、検討委員会より管理運営委員会に移行。その後1カ月間の募集期間で32人のボランティアの応募があり、そのメンバーで2002年7月14日の開森式に向かい活動が始まりました。

○「ケガと弁当は自分もち」
人は集まったものの、場所としてはまだ何もない竹藪。足の踏み場にも苦労する。1500平方メートルのゴミ捨て場になっていた元屋敷を3カ月かけて、ゴミを4トントラック5台分処分して、草を刈り、土間に砂を敷き、チップを敷き、ようやくそれらしくなりました。
初めは何も無く子どもたちは追いかけっこをしたり、木に登ったり、泥をぶつけ合ったり、やがては昔ながらのチャンバラごっこまでしていましたが、遊んでいる子どもたちが「おじさんこんなの作って」と提案した遊具を全て手作りし始めて、そんなこんなとしているうちにいつの間にか少し危ないが、体力が身につき考えなければできないような遊び場となりました。
どうやら口伝えで、遊びにくる子も増えていきました。「小さな子や弱い者をいじめるな」「みんなで遊ぶものを粗末にするな」この二つは注意するが、後は野放し状態で、親が見たら驚くような無茶なことをするときもあります。滑って落ちる子もいます、ケガをする子もいます。自由に遊ぶということは自己責任が伴うとの考えのとおり『ケガと弁当は自分もち』のスローガンが出来上がりました。

○リニューアル後も、変わらぬ理念で
私たちが作っているのだから少し矛盾するところがありますが、なるべく人工的では無く遊具も運営も自然に近い状態にしましょうという考えで今日まで来ました。
リニューアル後は公共施設になるということで、ウッズの庭には家が立ちウッズの中の北側は立派な人工的な土留めが出来上がりウッズの周り全てに人工的な柵が出来上がりました。
昭和以前の人の多くは、人工的なものを機械とか機械的と呼んでいたものですが、これから先数十年は機械的なものが世界の中心になるかもしれません。短い人類の歴史の中で、とても便利なものが生まれたり発明されると、それを利用するかしないかで大きな格差が生まれています。でもそれは一時的なもので、作ったりできたものはいつの間にかあることが普通になります。
一方、生き物の時の流れは普遍です。1年草は春に芽を出し秋には枯れ、再び春に芽を出し、人間で言えば生まれて1年経ないと1歳になりません。時代の流れに抗うつもりも戦う力もありませんが、これから先も、機械的なことと生き物的なバランスを意識的では無く、無意識に丁度良い考えを持てる人たちが、ウッズで遊び、育ってくれたらと考えつつ、少し人工的になったウッズがより自然に近い遊び場になるよう努めていきたいと考えています。
私たち「NPO法人ドリームプレイウッズ」は、この場所で遊びに来る子どもたちと一緒にたくさんの思い出をつくってきました。そしてこれからも、指定管理者としてたくさんの楽しい思い出を、遊びに来る子どもたちと一緒につくっていきたいと思います。
ウッズに来る子どもたちは、年齢もさまざまです。いつ来てもいる常連組、他市から自転車で来る遠距離組、忘れた頃に顔を出す疎遠組、一番多い新参組。水道を使ってもトイレを使っても「ありがとうございました」とお礼を言う子、遊具の順番を待つ子、時間がくれば「さようなら」とあいさつをして帰る子、そんな子を取り立てて褒めもしない。遊具や設置物を無理やり壊す子、弱い子をいじめる子、注意をすれば理屈を言うか逃げ回る子、そんな子も体を張って注意はするが、取り立てて怒りもしない。遊具から落ちたり木に体をぶつけ痛い思いをして、痛さをこらえて収まるとまた遊ぶ子、川にはまり靴や洋服を泥だらけにして、自分で水道に行って洗っている子、それら全てを自分ではできない子、自分の責任で自らの意思で遊ぶところといっても見過ごすことができないボランティアの人。
人と人の関わり合いはさまざまです。しかし、ここで開森以来続けていることは、壊れたり壊されたものは即直していることと、ごみ箱は置かないが落ち葉以外はゴミがないこと、私たちが続けていることはそんな小さなことと思います。
時間がかかるように見えますが、人が人に教えるのではなく、人の生き方を見て何かを感じ、自らの生き方に照らし合わせられる人に、ここを卒業していく子どもたちがなってくれますように。

       

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